夜露乳首金玉崩壊日記

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性暴力事件においてはいつも被害者だけが〝見世物〟みたいに晒される、

瀬那十五年五月二十六日

 

ヘーゲルによれば、議会の使命とは、市民社会の合意を得るとともに、市民社会を政治的に陶冶し、人々の国政への知識と尊重を強化することにある。いいかえれば、議会は、人々の意見によって国家の政策を決めていく場ではなく、官吏たちによる判断を人々に知らせ、まるで彼ら自身が決めたことであるかのように思わせる場なのである。

柄谷行人『世界史の構造』岩波書店

 

午前八時五十二分。紅茶。早朝尿意で目覚めたさいにDMの通知LEDに気が付いてしまいやたら早く離床。11時に図書館に行く。行くけど人と会ってしばらく話して、新聞を読む程度にとどめたい。きょうはもともと喉のイガイガのせいで行かないつもりだったんだ。カフェイン摂取すれば大丈夫かな。たぶん小丈夫ではあるだろう。性暴力事件などでいつもメディア上で顔をさらされるのが被害者ばかり、という印象はあながち間違ってはいないだろう。(ほとんどが男である)加害者はどこにいるんだ。一次被害に加えて衆人の(しばしば悪意さえ感じる)懐疑もしくは好奇の眼に晒されるという理不尽な二次被害。伊藤詩織氏が記者会見で語る姿を見ているときにまずそう思わされた(だいたい山口敬之という名前を知っている人がどれくらいいる?)。父親から長年にわたって性暴力を受けていたことを実名で告発した富山の女性の会見する姿を見たときも。その報道のしかたによってはときに被害者は「自意識過剰なおかしな人」に変えられてしまう。一方で加害者には、「巻き込まれてしまったかわいそうな人」といった役があてがわれることさえある。こういう明らかな非対称性に怒りや疑問、薄気味の悪さを覚えないことがどうして可能なのだろうか。報道機関や捜査機関などの上層部が「男だらけ」だからこうなるのか。フェミニズムとか関係なしにこうしたメディア批判はもっと展開されるべき。もう書くことないからコパイロットに作らせた画像貼って終わるわ。プロンプトは「スーツを着た二足歩行のアルパカの画像を作って」。

 

人生は過酷なり。